モーツァルト : 歌劇「フィガロの結婚」全4幕

1980年 パリ・オペラ座
ジョルジョ・ストレーレル (演出)
ゲオルク・ショルティ(指揮)/パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団
ホセ・ファン・ダム(フィガロ) /ルチア・ポップ(スザンナ) /グンドゥラ・ヤノヴィッツ(伯爵夫人) /ガブリエル・パスキエ(アルマヴィーヴァ伯爵 ) /フレデリカ・フォン・シュターデ(ケルビーノ) /クルト・モル(バルトロ) /ミシェル・セネシャル(バジリオ) /ジャーヌ・ベルビエ(マルチェリーナ)/ジャック・ロロー(ドン・クルツィオ) /ジュール・バスタン(アントニオ) /ダニエル・ペリエ(バルバリーナ )

このレベルの上演をいいの悪いのと言ってもあまり意味がないように思います。良いに決まっています。モーツァルトの世界を堪能できたと言う以外に言うべきことはありません。
それでも演奏の特徴を言えば、やっぱりショルティの指揮の正確さが全体を象徴しているように思います。以前、ショルティのドキュメンタリー番組でショルティが自分の頭の中のテンポとメトロノームのテンポがいかに一致しているかをプレゼンしているのを見ましたが、その正確さには驚かされました。あれ以来、ショルティの器楽的な音楽感が目に焼き付いて離れません。
この演奏でも、テンポや音程に緩みがありません。
唯一、2幕の始めのロジーナのアリアからスザンナとの手紙の二重唱は、感覚的に遅すぎて、歌い手が苦労しているように思いました。
ショルティのことですから、これも、おそらく、モーツァルトの、あるいは、楽譜の指示通りにやると、こうなるのでしょう。ちょっと違和感は残りましたがね。
ショルティの指揮は時折り歌よりも器楽的に曲を進める時がありますが、ここなどは特徴的なところでしょう。
それ以外は純粋にドイツ系の演奏に比べるとテキパキとしたメリハリの効いた演奏である。ショルティハンガリーで生まれ、ブダペストの国立歌劇場でコレペティートル(歌手のリハーサルの伴奏をするピアニスト)としてキャリアを積み、24歳のころザルツブルク音楽祭トスカニーニの目に止まり、2年間助手を務めたそうです。トスカニーニの影響が見られますね。
ルチア・ホップのスザンナは同世代のもう1人のスザンナ歌いてあるミレッラ・フレーニに比べると落ち着きのあるスザンナで、この上品さももう一つのスザンナ像を見せてくれています。
他にホセファンダム(このとき40歳)のフィガロヤノヴィッツのロジーナ(このとき43歳)、フレデリカ・フォン・シュターデ(このとき35歳)のケルビーノ、みな油の乗り切った年齢のことで、気品と落ち着きを感じさせます。
モーツァルトの遊び心を全面に出す演奏とは少し異質かもしれません。だらかと言って、モーツァルト的でない、と言うのでもなければ、演奏に問題がある、などと言うのでもありません。演奏の方向性に違いがあると言うだけで、素晴らしい『フィガロ』の上演であることに間違いはありません。
イタリア生まれで、フランスでも活動しているストレーレルの演出はロココ風の装飾を極力廃していながらも、衣装は伝統的なものを基調としているので、ロココの雰囲気は失っていません。中庸を保った演出と言えるでしょうか。
ワグナーと違って、モーツァルトのオペラはやはり音楽が中心。ショルティの器楽的な指揮もそうですが、演出も音楽の楽しさを少しも損なってはいません。
比較的最近YouTubeでオペラを楽しむことを覚えて私としては、存分に堪能しました。