ウィーンのワグナー:『ラインの黄金Das Rheingold』

ワグナー:『ラインの黄金Das Rheingold』
2016年I月10日ウィーン国立歌劇場

今、YouTube で見ることができるワグナーの『ニーベルングの指環』全曲です。ということなので、ちょっとレヴューを書いてみようと思いました。お付き合いください。

長い『ニーベルングの指環』の物語が始まるきっかけがこの『ラインの黄金』で語られます。だから、前夜という副題で、これから始まりますという出し物。

ワグナーの『ニーベルングの指環』は特にセリフと音楽との繋がりが重要なのです。この映像には字幕がないので、どこかでセリフを手に入れてご覧になることを勧めます。ネット上には『オペラ対訳プロジェクト』という労作がアップされているので、これを利用するのは便利。

さて、『ラインの黄金』のあらすじから始めましょう。

ラインの娘たちに守られてラインの川底に眠っている黄金がニーベルング族のアルベリヒに盗まれるところが始まり。この黄金から造られた指環を手に入れると世界を支配できるという魔法がかけられています。指環を巡る、世界の支配を巡る争いが始まります。巨人族にワルハラの城を建てさせたのに代金が払えない神々族の長、ヴォータン。巨人族は代金が払えなければ美の神フライアを連れて行くと言います。火の神ローゲの情報で、ヴォータンはアルベリヒからラインの黄金を盗んで、城の代金に当てることにして、ヴォータンはローゲと共に地下のニーベルング族のところへ行きます。アルベリヒをうまく騙して黄金と指環、そして、隠れ頭巾まで奪い取ります。アルベリヒはヴォータンを憎んで「nun zeug' sein Zauber Tod dem, der ihn trägt!この指環の魔力は、この指輪を手にした者に死をもたらす」と呪いをかけるのです。ヴォータンは城の代金に黄金と隠れ頭巾、そして、渡したくなかった指環まで巨人族に取られてしまいます。こうして神々族は無事にワルハラの城に入るのですが、地上に現れた指環を巡って、世界の支配を巡って神々族、ニーベルング族、巨人族の三つ巴の戦いが始まります。それは神々族の没落の道でもあるのですが、彼らは知ってか知らずか、ワルハラの城に向かって歩き続けます。
新演出の最初の公演だからなのでしょう、動きも演奏も硬い感じがします。特に冒頭はラインの娘たちも黄金を奪うアルベリヒも歌ばかりか、男を誘惑してからかったり、娘を追い回したり動きが多いのですが、自分のものになっていない感じで、人形のようにみえます。演者はライン川の波打つ水を表す大きなシーツのような布の処理に戸惑っていました。
第2場 城の完成に悦に入っているヴォータンに妻のフリッカが城の代金をどうするのかと詰め寄る場面ですが、ヴォータンのトーマス・コニエスチュニーの発声があまり好みでないことを除けば、能天気なヴォータンが徐々に現実の危機に気づき始める流れはよく表現されていました。フリッカのミヒャエル・シュスターが、声の艶やかさは十分ですが、少しヴォータンの褒め言葉にやや表情を崩すくらいはいいのですが、すり寄るような仕草までは必要ないのではないように思いました。フリッカはすでにヴォータンのダメ旦那振りに嫌気が差しているのですから。
3場は地下ニーベルング族のいるニーベルハイム。ここはアルベリヒとミーメ、その後、ミーメに代わってローゲ、セリフの数が特に多い3人の歌手による言葉のやり取りです。マイスターの印である白衣を模した上っ張りを着ていながらアルベリヒに虐げられている鍛冶職のミーメ、指環の力で支配するアルベリヒ、アルベリヒを騙して黄金と指環を神々のためち盗もうとするローゲ、普通は激しい言葉のやり取り行われる場面だが、この上演ではやや緩めのテンポなので歌手はセリフを捲し立てるようなことはありません。話の内容を伝えることを重視しているように思われます。ただ、演奏はちゃんと迫力があります。十分とはいえなくても。しかし、本格化しているとは言えません。
演奏が目を覚ますのは、4場になってから。ローゲに騙されて黄金と指環ともどもワルハラへ連れてこられたアルベリヒが黄金と指環を奪われた怒りと恨みをヴォータンに向かって独白する場面。素肌に皮製のような黒いチョッキを着て、カウボーイのようにこれも黒いテンガロンハットを被ったヨッヘン・シュメッケンベッヒャー演じるアルベリヒは抑えきれない怒りを迫力たっぷりに吐露していました。
この辺からノルベルト・エルンスト演じるローゲも調子を上げてきます。ローゲはこの話の狂言回しですから張り切ってもらわないと困ります。

このあと、担保に巨人族に誘拐されたフライアを受け出すために、ヴォータンはアルベリヒから奪った黄金を差し出します。しかし、隠れ頭巾に指環までも要求され、ヴォータンは指環を渡すことを渋ります。そんなヴォータンの前にアンナ・ラーションが演じる運命の女神エルダが現れます。彼女のエルダは素晴らしい。神々の不安な行く末を警告して指環に手を出すな、と警告する役柄は短い出番でも『ラインの黄金』全体で重要なシーン。これを重厚であり、かつ、伸びやかな声でエルダを十分に演じきっています。

そして、指環も渡し、フライアが戻った神々族は不安を抱えつつワルハラの城へ向かって歩みを進めます。そんな神々を見ながら、ローゲは神々族の不吉な行く末を予言しますが、もう少し存在感があっても良かったと思います。ただ、この間は非常に厚みのある、ウィーン歌劇場のオーケストラ本来の響きをたっぷりと轟かせる堂々たるラストでした。
演出は簡素化されたモダンなセットです。ややチープな印象はありますが。ライン川は緑のライトに照らされた大きなシーツをゆらゆらと揺すって波を表しています。すでに言ったように、ラインの娘たちが自身の動きとともにこのシーツの動かし方に不慣れな感じを受けました。

地下のニーベルハイムでは真ん中に大きな棚があって、黄金が納められているのですが、その黄金が人の形をして、頭、腕、足とバラバラになっているのです。後に天空に戻って担保のフライアを受け取る時、巨人族がフライアの姿が隠れる高さに黄金を積み上げろと要求するのですが、フライアの前にその積み上げる黄金がバラバラのマネキンとなっていて、積み上げると一体のマネキンになるような仕組みになっているのです。地下のバラバラの人体はその伏線かとも思いますが、よく理解できません。

アルベリヒが隠れ頭巾でドラゴンに変身する場面はドラゴンを連想させるウロコに覆われたヘビ状のものがスクリーンに映し出されるが、やや迫力に欠ける。その後にカエルに変身するが、小さなカエルのフィギュアを頭に乗っけて黒づくめの人がカエルのように腰を屈めて両手を前に出す格好はいただけない。

神々族はヴォータンとフリッカを除いて全員白のドレスにスーツを着ているのは、フライア、ドナー、フローの3人が神々の危機を意識していないナイーブさを表しているのかもしれません。そのせいか3人の神々の存在感が薄くなっています。
このあとに続く『ニーベルングの指環』連続上演の始まりとしてまずまずの仕上がりだったとは言えるかもしれません。ただ、ウィーンの「ニーベルングの指環』はこれでいいのか、という思いは残ります。

出演者を紹介します。

トーマス・コニエスチュニー(ヴォータン)/ノルベルト・エルンスト(ローゲ)/ヨッヘン・シュメッケンベッヒャー(アルベリヒ)/ミヒャエル・シュスター(フリッカ)/カロリーネ・ヴェンボルン(フライア)//ボアズ・ダニエル(ドンナー)/ジェイソン・ブリッジス (フロー )/アンナ・ラーション(エルダ)/ヘルヴィーク・ペコラッロ(ミーメ)/アイン・アンガー(ファゾルト)/ゾーリン・コリバン(ファフナー)/アンドレア・キャロル(ヴォークリンデ )/レーチェル・フレンケル (ウェルグンデ )/ゾルヤーナ・クシュプラー(フロースヒルデ )/アダム・フィッシャー(指揮)ウィーン国立歌劇場/スヴェン=エリック・べヒトルフ(演出)